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松江地方裁判所 昭和51年(わ)116号 判決

被告人 周藤吉之助

昭和四・二・一〇生 漁業

主文

被告人を懲役三年に処する。

この裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用のうち証人岡邦悦に支給した分は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、肩書住居地に居住し、一本釣漁法により漁業を営んでいる者であるが、昭和五一年一〇月一一日午後六時すぎころ釜浦地区の漁師仲間の宴会に出席するなど諸所で飲酒したのち帰宅し、自宅二階台所において一人でコツプ酒を飲んでいるうち、更に外へ出て飲みたくなり、妻スエ子に対し「今から一杯飲みに平田に出るから車呼んでくれ。タクシーでも近所の人の車でもいい。」と申し向けたところ、同女がこれに従わなかつたうえ、被告人の母センともども相前後して外出してしまつたことから、同女らが酔うと酒癖の悪い被告人を恐れて逃げ出したものと考えて憤慨し、その腹いせに自宅一階物置に放火することを決意し、同日午後六時三〇分ころ自宅一階物置に到り、同所に置いてあつた船外機エンジン用混合油(ガソリン二〇に対しオイル一の割合で調合したもの)の入つたポリエチレン容器(昭和五一年押第五六号の1)を持ち出し、同物置奥の東側の造りつけの木製三段の棚の北西端柱の西方付近の床上に右混合油約一リツトルを振りまいたうえ、その付近の床上に置かれていた古い建材数本とその上並びにその東側に接着して設けられていた右三段の棚上に積まれていた衣類ふとん綿、ダンボール箱などの可燃物が燃え、かつこれらを介し右棚やその上方の木製天井などに燃え移るかも知れないことを認識しながら、あえて所携のマツチで右混合油に点火し、その結果右可燃物を経て、右妻スエ子ら家族が現に住居に使用している自宅、木造瓦葺三階建家屋(建坪約一五八平方メートル)の一階物置の天井座板約〇・七六五平方メートルほか天井の梁、タルキのほか、右三段棚の北西端柱、中段横木の一部を燃焼炭化させてこれを焼燬したものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人の判示所為は刑法一〇八条に該当するところ、所定刑中有期懲役刑を選択し、なお犯情を考慮し同法六六条、七一条、六八条三号により酌量減軽をした刑期の範囲内で被告人を懲役三年に処し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から四年間右の刑の執行を猶予することとし、訴訟費用のうち証人岡邦悦に支給した分は刑事訴訟法一八一条一項本文によりこれを被告人に負担させることとする。

(鎮火妨害罪についての無罪理由)

本件公訴事実第二は、「被告人は昭和五一年一〇月一一日午後六時三〇分ころ、判示物置付近路上において、釜浦町自衛消防隊隊長岡始らが判示火災消火のため、消防ポンプを作動して消防用ホースで放水を始めるや、同人に対し「誰が水をかけろと言つたか。」などと怒鳴りつけたうえ、所携のナタ(刃体の長さ約一七センチメートルで右消防用ホースに切りつけて切損し、もつて火災の際鎮火を妨害したものである。」というのであつて、被告人の当公判廷における供述、被告人の司法警察員(昭和五一年一〇月一二日付)及び検察官に対する各供述調書、岡始の司法巡査及び司法警察員に対する各供述調書、司法警察員作成の昭和五一年一〇月一三日付実況見分調書、押収してあるナタ一丁(昭和五一年押第五六号の2)を綜合すれば、右の事実は認められるところである。

しかしながら放火をなした者がその火災継続中に鎮火妨害の行為に出たとしても、これは先の放火罪を完全に遂行しようとするものに過ぎないのであり、このことに加え鎮火妨害罪が放火罪と処罰目的や保護法益を同じくしこれを補充するために設けられたものであることや現住建造物等放火罪の法定刑が鎮火妨害罪のそれよりも相当重いことを併せ考えると、放火者の鎮火妨害行為は放火罪に吸収されると解するのが相当である。したがつて本件公訴事実第二の行為は現住建造物等放火罪に吸収され、更に鎮火妨害罪を構成しないものであつて罪とならないものであるが、これは判示現住建造物等放火の罪と包括一罪の関係にあるとして起訴されたものと認められるから、主文において特に無罪の言渡をしない。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 芥川具正 小川国男 福井一郎)

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